月別アーカイブ: 2011年9月

体をはって生きる

レスリングの世界選手権、今日もイスタンブールは雲一つない快晴です。

今朝も朝5時半にモスクからの「天からのお告げ」で目が覚めました。

ツイッターで競泳の松田丈志選手からは「小松先生の体をはった雰囲気づくり、期待しています」とありがたいお言葉。

よし、体をはって頑張るぞ。まあ体をはった雰囲気作りってのは何なのか一言でいうのは難しいけれど、「選手と一緒に我々も戦っているぞ」という気持ちが大事。もちろん「裏方」としての身分をわきまえたうえでね。

昨日は女子チームの初練習、会場には男子フリーの連中もいて、各国の男女入りみだれてのマット練習でした。

今日も元気なおなじみスキンヘッドの栄和人監督、ん・・、今日はなぜか毛が生えてるぞ。

体をはっているといえば、この木名瀬コーチ。私の同期だから、もちろん「飛んでイスタンブール」はよく知っている世代だけれど、まだまだ元気。体じゅう痛いだろうけれど毎日選手たちと体をはったスパーリングです。

木名瀬コーチは優しくて力持ち。長年女子チームの指導をしているけれど、選手の気持ち、女心もよくわかっている。だから選手たちもとても信頼しています。

今日もなにやら選手にいい話をしているらしいところをキャッチ、本当にいい男だねえ。

そして、夜は国際レスリング連盟主催のディナーパーティーに参加してきました。

同じテーブルには、現在モンゴルレスリング協会の名誉会長を務める元横綱の朝青龍さん。

この人も体をはって生きてきた人。

初めてゆっくりお話しさせていただきました。

とても気さくで、礼儀正しくて、相手の話もよく聞いて、魅力的な人。思っていた印象と違ってちょっとびっくり。

実際会って話をするととすごくいい人、ていうのはよくありますね。まあその逆もたまにありますが。

いろいろな苦労もされたろうけれど、でもあれだけの地位を築くのに相当努力をされたことは間違いない。

これからは、日本やモンゴル、世界の格闘技やレスリングの発展のために力を尽くしてくれると思います。

むたい俊介アワーvol17

まだまだ暑い日が続いていますが、みなさま体調など崩されていませんか?

小松先生は、中国深センでの第26回ユニバーシアード競技大会に引き続き、現在トルコ・イスタンブールでレスリングの2011年世界選手権の帯同に行かれています。これは、来年のロンド五輪の出場予選を兼ねた大会でもあり、日本人選手の活躍が大いに期待されていますので、ご注目ください。

少し前になりますが、長野県でご活躍されているむたい俊介さんのUSTREAM「むたい俊介アワー」に、同じ長野県出身ということで、小松先生がゲストとして登場しました!

熱中症の予防のお話から、一流のスポーツ選手の姿勢、今後のスポーツ振興について、さらに、なぜスポーツドクターになったのかなど、小松先生がざっくばらんにお話されています。

ぜひ、ご覧ください!

飛んでイスタンブール

レスリングの世界選手権の帯同でイスタンブールに来ています。

約12時間のフライト、空港に着いて荷物が出てくるまでの間、「飛んでイスタンブール~~」って歌っていたら

「ノリノリですね。でもなんですか?その歌?」と吉田沙保里。

そうか~、おじさんにとってイスタンブールと言えば庄野真代。でもよく考えたら30年以上前。

彼女たちにとって生まれる前にヒットした歌なんか知らないのは当たり前なのであった。

でも京子ちゃんだけは知ってた。エライぞ京子ちゃん。

空港からバスでホテルまで移動。バスから見える景色はやはりなんとなくイスタンブール。

隣りに座っていた御大、高田裕司さんが「おれが世界選手権で初優勝したのはこのイスタンブール、その時は屋外の会場でテントを張って試合してたよ」と。

テントのイスタンブールの世界選手権は1974年、庄野真代の飛んでイスタンブールは1978年。それほどかわらない。

そう考えると、私ってやっぱりおじさんなのね。まあその自覚が大事だな。

今朝は5時半に町中に響くような大きな音で目覚めました。どうやらイスラムのモスクからのようです。

「なんか天から聞こえてくる神様のお告げのようですね」と同室の木名瀬コーチ。

よし、この神のお告げで明日から早起きするぞ。

朝食の時に紹介された日本選手団の通訳ムサさんに聞きました。

「あの大きな声のことを一言で説明するのは難しい。イスラムは一日5回お祈りするのでそのたびに聞こえる。神の声でもあるし、礼拝を呼びかける声でもある。」

でもほとんどの選手たちにはあんな大きな声も聞こえなかったらしい。

選手たちが初日からぐっすり熟睡できている証拠、シメシメ、出だしは好調だぞ。

来年のロンドンオリンピックに向けた大事な大会、男子グレコローマンは12日から、女子は14日から、そして最後は男子フリー、16日からです。

みなさん日本から応援してくださいね。

白酒なんども一気飲みで国際親善

北京での東アジア大会のメディカルミーティングが終わりいま空港にいます。

まあ会議はいつも通り。大会のメディカルサポートの体制やアンチドーピングの体制を確認し、つつがなく終了しました。

この人がメディカルのチェアマンのDr Zan

中国のドクターにしてはいつもスマートに会議をまとめてくれます。最近はいろいろな会で年に数回は顔を合わせます。だから最近仲良し。

昼食会では例のあの超強力な中国の白酒を小さなグラスで何度も一気飲みさせられ、これも友情のあかしと何度も飲み干した私。

おかげでまだ頭がくらくら。

国際親善も楽じゃないですね。でも会議では結構言いたいことも言ったから、付き合わなきゃわるいからね。尖閣問題解決の一歩になるかもしれないし。

よく考えると、今の時代メールのやり取りだけですむかもしれない会議内容。でも、やっぱりこうやって実際に会って握手してゲラゲラ笑うことが大事。白酒の一気飲みもとても意味があること。

モンゴルの友達は今回初めて参加した若い女性ドクターの横に座っている私に、「彼女をよろしくね。でも美人だから「寄り切り、押し出し」は禁止だよ」とウイットに富んだコメント。なかなかやるねえ。

といことで、一仕事終えてこれから日本に帰ります。

オリンピック以来の北京

ユニバーシアードの深圳から戻って早10日たちました。時差ぼけはないもののやはりまだなんとなく疲れが抜けていない私ですが、今日は北京に来ています。

2013年に中国・天津で開催される東アジア大会の医事委員会に出席するためです。

東アジア大会は、まだあまりなじみがありませんが、日本、中国、韓国、北朝鮮、香港、マカオ、モンゴル、台湾、グアムという9つも国と地域が参加し4年に一度開催される総合競技大会です。前回は2009年に香港で開催されました。

医事委員会では大会期間中の医事体制やアンチドーピング体制などが確認されます。

午後の便で日本を発ち翌日にの夜には日本に戻るという一泊2日の旅。

良く晴れた飛行機からはきれいな富士山が見えました。よく見ると夕日を映して富士山が赤く染まっています。

これがうわさの「赤富士」か。

飛行機の中でいろんな思い出がよみがえってきました。

30年前、初めての海外はやはり中国。大阪から上海まで乗りました。窓から中国の大地を見ながら「これが外国か」と感慨にふけったことを思い出しました。その時流れていた音楽も耳に残っています。

あのころはすべて初めてで、すべて新鮮だったからね。

それに比べて、最近はなんと鈍いことか。年をとるとすべてに鈍くなりますね。それじゃだめだぞ、と反省の思い。

北京は2008年のオリンピック以来、もう3年もたったのかと再び感慨につかります。

3年前、私は野球チーム星野ジャパンのチームドクターとして北京にいました。

なかなか思うように戦うことができず、もやもやしたオリンピック。ダルビッシュや川崎宗則がバリカンで坊主になったことも思い出しました。でもいい男たちは坊主でもかっこよかった。バックネット裏でスコアラーの三宅さんといろいろな話をしたなあ。ソフトボールの決勝戦は野球のみんなでテレビで見ました。

ああ、本当にあっという間に3年たっちゃった。野球もリベンジしたいけどもうオリンピック種目ではなくなってしまいました。さらに、あの感動したソフトボールもロンドンンでは見ることができません。

ぜひ2020年東京オリンピックを決めて、野球とソフトボールの復活を、なんて考えていたら、睡魔が襲ってきました。北京オリンピックの思い出はそのうちまたゆっくり書きますね。