インドでいろいろ考えた

2006年9月「e-resident」掲載~第3回アジア体操選手権大会

7月30日から8月3日までインドのスーラトで第3回アジア体操選手権大会が開催されました。私も、7月25日から8月5日までチームドクターとして日本チームに帯同してきました。この大会では男子体操、女子体操、女子新体操の各競技が行われ、日本も全種目にエントリーしました。「なぜインドで体操の試合?」という感じですが、今回の遠征でも、たくさん考えさせられることがあり、私もとてもよい経験になりました。

-ようやくたどり着いたインド

実は私も学生時代は「バックパッカーもどき」でした。あのころの定番は、まずバンコク往復の格安チケットを手にいれ、バンコクに到着後バックパッカーたちのたまり場の安宿、マレーシアホテルに向います。そこで、バックパッカーたちの情報を手に入れ(どこに行けば面白いとか、どこに安く行くにはどうすればよいかなど)、近くの雑貨屋さんでバンコクからの航空券を買います。バンコクにはたくさんの路線が入っていたので、この方法が一番安上がりでした。当時、多くのバックパッカーたちはインドを目指していました。しかし、私が貧乏旅行に目覚めた1983年ころ、いままで団体旅行者にしかビザが下りず、一人では入国できなかった中国に香港を経由すれば一人でも入国できるということを誰かが発見しました。以来バックパッカーたちは「バックパッカー未開の地中国」を目指し始めました。予定表も何もない気ままな貧乏旅行、観光客もいない土地での人々とのふれあい、とても魅力的でした。私は、毎年東医体が終わったあとの夏休み1ヶ月ほどを利用して、中国、ネパール、ビルマ、タイなどぶらぶらして…。そして、次はインド、と思っていたのにそのまま医者になり、貧乏旅行などできる暇はなくなってしまいました。とうとう、インドにいけることになったのでした。

-やはりインドは大変なところだった

前置きが長くなりました。シンガポールを経由しインドのムンバイ到着後バスで揺られること7時間、くたくた状態でスーラトに到着。着いた途端インドの民族舞踊などでの大歓迎!現地の人たちがこの大会のために一生懸命やってくれている姿を見て疲れも吹き飛びます。しかしそのあと到着した選手村でまたびっくり。4人部屋なのにベッドが3つしかなく(二人はダブルベッドで一緒に寝るらしい…)、シャワーもなくてどうやら水道の下にある大きなポリバケツを使ってギョウスイをしなければいけない。おまけに私は、ウズベキスタンのコーチと同じ部屋に泊まることになっていました。実際、ウズベキスタンのコーチは現れませんでしたが、ベッドの上をゴキブリが行き交い、食事は毎日、カレー、ナン、カレー、ナンと続きます。ある日には深夜に大雨が降り、それが部屋に入り込んで部屋の中は大洪水、スタッフのパソコン一台がお釈迦に!私はそれなりにワクワクの連続で楽しかったのですが、しかし、とても快適とはいえない環境の中、大きな病気や怪我もなく選手たちは実力を出し切りました。

―どんな環境でも自分の力を発揮する

チームに帯同するドクターの一番大きな仕事は、選手たちがベストの身体や心の状態で試合に臨めるように手助けすること。そして、今回の遠征でも選手がベストの状態で試合に臨めるよう、選手をとりまくスタッフ、マネージャーがいろいろ考え、行動している姿を眼にし、「だから日本の体操は強いんだ」と改めて感じたのでした。選手たちのコンディショニングを担っているのは、それぞれの役割を理解しながら裏方に徹しているスタッフみんななのです。

大会中の日程や移動などは大会の組織委員会の人間が担当します。今回も、組織委員会のボランティアたちがこのような大きな大会に不慣れなせいもあり、たくさんの不手際がありました。移動のバスが時間を過ぎても到着しない、表彰式をやるから集まれといわれたのに3時間待った挙句、結局「やはり表彰式は明日にする」といわれたり、まあ上げればきりがないほど。このような場合、「言うべき人に対して、きちんと主張すべきことを主張する」ことと、同時に「まあこんなもんか」と割り切る心の余裕も大切です。愚痴だけ言っていても何もよくなりません。

今回の大会ではクナルとダバラという二人の学生が日本選手団に付きっ切りで世話をしてくれました。彼らを味方につけるのも作戦。途中からは毎晩われわれの部屋でお互いの国の、「とても人前では叫べない言葉」を教えあって大騒ぎ。下ネタというのは各国共通のようです。二人とも日本選手団のためにとても一生懸命やってくれました。

また、日本の選手たちも立派です。劣悪環境の中、誰一人、文句も愚痴も言わず、同世代の若い女の子なら「もー、しんじられなーい。こんなとこで試合なんかできなーい」などと言っちゃいそうなところですが、新体操の美女軍団たちも平気な顔をしていました。さすが、新体操美女軍団恐るべし、です。

結局、世界に通用する選手というのは、どんな環境であっても自分の力を発揮できる選手なんだろうなあ、と改めて感じました。

もし今これを読んでいる研修医諸君がいたら、いろいろな環境の中で研修していると思います。人によっては、「自分の考えている病院と違った」「先輩が何も教えてくれない」「やらされるのは雑用ばかりだ」など、様々な不満もあるでしょう。でも、体操の選手たちがそうであったように、大事なのは、「今与えられている環境の中で何ができるか考えて、最大限の力を発揮すること」。どんな環境でも、愚痴を言わずに、すべて経験だと思ってがんばっていれば必ず誰か見ていますし、必ず自分のためになります。

ちょっとこじつけてしまいましたが、一流の選手たち、一流の指導者たちと一緒にいると、本当に勉強になります。

やはり、スポーツドクターは楽しい。