ユニバーシアードと体操の世界選手権

2007年9月「e-resident」掲載~~ドイツ、シュトゥットガルト・体操世界選手権

―メディカルスタッフの仕事

今回は、ドイツのシュトゥットガルトからです。来年の北京オリンピック予選も兼ねた体操の世界選手権のチームドクターとしての帯同です。部屋では、いよいよ明日に迫った団体予選を前に、世界選手権に初めて出場する学生の沖口誠選手が「プレッシャーだーッ」と叫びながら、今井トレーナーの治療を受けています。

今年の夏も帯同が続きました。

8月2日から20日までは、バンコクで開催された第24回ユニバーシアード競技大会の日本選手団の本部ドクターとして帯同しました。 ユニバーシアード大会は世界の大学生の総合競技大会です。2年ごとに開催され、今回は15競技、選手役員合わせて約400人の日本選手団が派遣されました。バンコク郊外のタマサート大学に選手村が作られ、そこを拠点に毎日熱戦が繰り広げられました。

今回の日本選手団本部のメディカルスタッフはドクター3人(内科2人、整形外科1人)とトレーナー1人で構成され、私が責任者を務めました。それぞれの競技団体でトレーナーやドクターを帯同させているので、本部メディカルスタッフの主な仕事は、それら競技団体のメディカルスタッフの取りまとめ役、ということになります。

実際には、1)選手全員の派遣前メディカルチェックの結果から選手の医学的問題点をまとめて把握する、2)選手村に日本選手団として持ち込む医薬品やトレーナー機材のリストを作成してあらかじめ大会組織委員会に提出する、3)あらかじめ調査した現地のメディカルにかかわる情報を各競技団体のメディカルスタッフに流して周知させる、4)ドーピング禁止薬物使用の有無の調査やTUE(禁止薬物使用のための申請)の提出、選手のアンチドーピングにかかわる知識を把握や教育、5)大会期間中に開催される大会組織委員会のメディカルミーティングでの情報の周知徹底、6)日本選手団本部医務室での医務活動、7)競技現場に出向いての医務活動やドーピング検査の付き添い、などが本部メディカルスタッフの仕事です。

―コンディションを管理

選手村の日本選手団宿舎の中に医務室とトレーナー室が設けられ、日本から様々な医薬品や治療器具を持ち込みます。まあ、大抵のことなら日本選手団医務室だけで事は足りますが、選手村の中には組織委員会が準備したクリニックもあります。

オリンピックをはじめとする国際総合競技大会の雰囲気は独特なものがあります。ホテルを利用した通常の国際大会とは異なり、選手村での長期にわたる生活、あまりおいしいとはいえない選手村食堂、過密なスケジュール、精神的なプレッシャーなどが原因で、体調を崩す選手も多いうえ、ユニバーシアードは多くの選手たちがはじめて経験する国際総合競技大会ですから、これらの経験をもとに一流のオリンピック選手へと育ってゆきます。そういう意味では、「最高のコンディションを保つ」ことがまだへたくそな連中ですから、メディカルも忙しくはなりますが、逆に言うと「教え甲斐」もある世代ということもできるわけです。

9年ぶりに訪れたバンコクはだいぶ近代化していました。1998年にバンコクでアジア大会が開催され、私は野球チームのチームドクターとして訪れました。選手村は今回と同じタマサート大学、9年前は衛生状況もあまりよくなくて、気をつけていたにもかかわらず選手の多くが細菌性腸炎にかかりました。現在、ジャイアンツで活躍する阿部慎之助選手がまだ学生で、決勝の韓国戦の試合直前、ひどい下痢で球場のトイレから出てこなくてあせったことを思い出します。今回もそこらへんを想定して、たくさんの輸液や抗生物質を持ち込みましたが、そのような症状を起こす選手はほとんどいませんでした。

さて、体操の世界選手権です。男子は来年の北京オリンピックに向けた大事な試合、女子は北京オリンピックへの団体戦の出場権をかけた大事な戦いです。ドイツに入ってからの大会前の練習で、不運なことに鹿島丈博選手が手の甲を骨折してしまって日本に帰国しましたが、代わりに出場するのがやはりアテネオリンピックの金メダリストの水鳥寿思選手。日本の男子体操の層の厚さを感じさせます。

昨晩は開会式が行われました。どんな結果になるのか。昨日のミーティングでも、具志堅幸司監督は「チームの中の自分の役割をしっかり果たせば大丈夫だ」とおっしゃいました。私も、チームドクターとして課された役割をきちんと果たすことだけを考えて、あと1週間がんばりたい。

終わったころには、きっと声の出しすぎでがらがら声になっているでしょうけど。