高知新聞(夕刊)2010.12.28
「スポーツ随想」トップアスリートはコミュニケーション能力が高い!
スポーツドクター小松裕(こまつ ゆたか)の公式ブログ。
加藤登紀子さんの「ほろ酔いコンサート」に行ってきました。
毎年暮れに行われるこのコンサート、客にはコップ酒がふるまわれ、ステージ上の登紀子さんも飲みながら語って歌います。初めて行ったのが1986年、8年前からは友人であるゴスペラーズのリーダー村上てつやと毎年一緒に来て、登紀子さんの歌も作っている村上は時々ステージに上がったりもします。私にとっては暮れの一大行事、そもそも村上と仲良くなったのも登紀子さんの話で盛り上がったのが縁です。
大学時代、下宿でテレビをつけると、登紀子さんがレポーターとして女子少年刑務所を訪れている番組がやっていました。
「人生でためにならない経験なんて一つもないのよ」
罪を犯した少女たちに語りかける登紀子さん。もちろん歌は知っていたけれど、人間加藤登紀子に対する興味が降って湧き、ちょうどそのころ、「ほろ酔い行進曲」という本も出して、それを読んだらますます好きになって、次第に私は登紀子さんを「神」と崇めるほどの大ファンになっていったのでした。
それにしても、今年のほろ酔いコンサートもすごいパワーだった。孤独で不安で、でも夢がいっぱいあったあの頃を思い出させてくれるだけじゃあなく、「まだまだ息がきれるまで走らなきゃあだめよ」って尻をたたいてくれます。
コンサートの後、村上と一杯やりながら、「来年も力いっぱいがんばるぞ」と誓ったのでした。
私は昔の任侠映画が好きです。
新宿のJR病院に勤めていたころ、新宿南口に「昭和館」という任侠映画専門の映画館があって、時々一人で観に行きました。鶴田浩二、高倉健、観終わるたびに元気になりました。正義感がいつも湧いてきました。藤純子も美しくて、昭和残侠伝シリーズの池部良も大好きでした。その池部良も最近あの世に行ってしまいました。
昭和館はその後取り壊され、そのあとは中野の武蔵野館で東映任侠映画をしばらく観ることができました。でも武蔵野館もなくなっちゃって、たぶん私の知る限り、現在、東京でいつでも任侠映画を観ることができるのは、ここ浅草の名画座だけです。
久しぶりに行ってきました、今日見てきたのは「冬の華」、初めて観ました。1978年と新しめだけど昔の任侠映画のパターンをきちんと踏襲していて、池部良も出て、健さんもかっこよかった。小林稔侍も大滝秀治も存在感出してた。脚本はあの倉本總、監督は信州の先輩の降旗康男、汚い映画館だけれど、半分くらいお客さんで埋まってった。やっぱり、閉塞感あふれて、リーダーも誰だかよくわからないこの時代、みんな健さんのかっこよさにそれを求めるのかもしれませんね。
「かっこいいかどうか」はもちろん見かけだけのことではありません。正しいことに突き進み、卑怯なことはせず、弱きを助け、強くても悪い奴にはものを言う。でも、義理を欠いてはいけない。「自分もかっこいい男になりたい」と観終わるたびにいつも思います。
やっぱり、一人で時々観に来なくちゃなあ、と思いながら映画館を出たら、浅草場外馬券場の前にすごい人だかり、そうか、今日は有馬記念だった。一年は本当にあっという間ですね。
中国の広州で行われていた「第16回 アジア競技大会」が11月27日に幕を閉じました。アジア大会は4年に1度開催される総合競技会で、いわばオリンピックのアジア版です。アジア45カ国から1万4000人を超える選手や役員が参加し、日本からもトップレベルの選手ら726人が広州に集いました。オリンピック種目に加えて、ボウリングやスカッシュ、空手、セパタクロー、カバディ、それにチェスや囲碁なども行われました……⇒★ITmediaエグゼクティブ小松裕の「スポーツドクター奮闘記」 更新!
昨日は国立スポーツ科学センター医学研究部の忘年会でした
ドクター、看護師、薬剤師、臨床検査技師、歯科衛生士、レントゲン技師、臨床心理士、クリニック事務、リハビリ室、栄養、などなど、日ごろから日本のトップアスリートを支える面々が集い、今年一年の労をねぎらいました。今年はJISSのマルチサポート事業も拡大し、日々の診療業務に加え、多くの国際大会で選手たちをサポートして、みんな大活躍しました。
しかし、みんな芸達者でびっくり
なんちゃってキンキキッズまで登場し、ベリーダンスの披露や美人女医のマジカルエクササイズ講習会も即席で行われました。私もみんなの前に並ばされてベリーダンスの師匠から腰の振り方を伝授していただきました。
しかし、腰痛のため顔はゆがみ、まるで酔っ払いの阿波踊り。でも大笑いして楽しかったなあ。
来年も楽しい一年になりますように。
おととい、今年も見事セリーグ首位打者を獲得し、2回目の200本安打も達成したヤクルトスワローズの青木宣親選手の結婚式に出席してきました
とてもいい結婚式でした。もちろん披露宴自体も豪華で出席者の顔ぶれもとても豪華だったけれど、それより印象的だったのは青木のおじいちゃんのハーモニカ演奏や青木バンド(青木家一同がこの日のため結成したバンド)の歌やピアノでした。ほのぼのとした、青木夫妻のあたたかさがにじみ出た、本当に素敵な結婚式。
オリンピックやWBCで一緒だった選手たちとも久しぶりに会えて楽しかったなあ。料理もとってもうまかった。青木夫妻本当にありがとう。
これからも二人で力を合わせて仲良くね。長く野球を続けることができるように、ぼくも精いっぱいお手伝いするよ。
来年の春開催される第28回日本医学会総会のワーキンググループの会議が東大病院でありました。5年ぶりに訪れた東大病院でしたが、昔のままのところもあり、だいぶ変わったところもあり、懐かしく感じました。
せっかく来たのだからと、現在消化器内科で胆膵グループを仕切っている伊佐山先生に電話して、久しぶりに、かつての研究室を訪れてきました。
みんな遅くまで仕事をしていて、一緒に頑張った仲間たちと1時間ほど話をしました。17年前、東大の胆膵グループを立ち上げて、学生や研修医を一生懸命口説いて、半分だまされて仲間になったかもしれない連中ですが、みな生き生きとしていてホッとしました。今ではそれぞれがその道の第一人者です。研究室の本棚も昔のまま。残してきたスライドや乳頭内圧の測定器などがそのまま残っていました。捨ててもいいものかもしれないけれど、胆膵グループの歴史の一つとしてとっておいてくれているのでしょう。ちょっとうれしくなりました。
医学の進歩のために日々頑張っている後輩連中と久しぶりに会って、熱い想いも聞いて、僕もまだまだ頑張らなきゃなあ、と思ったのでした。