月別アーカイブ: 2011年5月

3か月つきあった可愛い「コルセットちゃん」とおさらばじゃ!

今日の午後は病院に行ってきました。

腰の手術をして退院してからちょうど3か月。CT検査を行って、そのあと整形外科の診察でした。

撮影したばかりのCTの画像を見ながら受け持ちの先生が言いました。

「しっかりと骨がついてきていますねえ。順調です。予定通りで、もうコルセットはしなくていいでしょう」

やったぜベイビー、ついに3か月間お風呂と寝るとき以外ずーっとつけていた硬いコルセットとおさらばです。

とくに最近は暑くなったので、コルセットが蒸れてあせもができて結構大変でした。

早速コルセットを外して椅子に座ってこれを書いています。

しかし、3か月間つけていたコルセットが取れたのはいいけれど、でも、ないと少しさびしい。

「いろいろなありがたみってえのは、無くなって初めてわかるんですねえ」

などとしみじみしながら、でも今日でかわいいコルセットちゃんとはおさらばじゃ。

今年はやってくれそうなベイスターズの高崎健太郎

入団5年目の横浜ベイスターズの高崎健太郎投手、今年は開幕からきっちりとローテーションの一角を守って投げています。

昨日のホークス戦も6回まで好投していましたが7回に三連打を浴びて降板。でも点差もあるし、4月14日以来久しぶりの勝ち投手かな、と思っていたのだけれど、結局リリーフ陣がさらに打ち込まれ逆転負けを喫してしまいました。

昨年までは一軍と二軍を行ったり来たりで、なかなか安定しなかったけれど、今年の調子ならばそのうち勝ち星もついてくるでしょう。

今から4年以上前の2006年12月、カタールのドーハで行われた第15回アジア競技大会、野球の決勝戦、9回裏のマウンドに高崎健太郎は立っていました。

全員がアマチュアで臨んだ日本チーム、現在はプロで活躍する長野久義、野本圭、宮西尚生、小松聖らもいました。一方韓国、台湾チームは全員がプロ、半年前に行われた第1回ワールドベースボールクラッシックのメンバーとほぼ同じ面子でした。

日本は見事なチームワークでプロ選手たちを相手に勝ち進み、韓国戦では長野の3ランでサヨナラ勝ち。金メダルをかけて台湾と対戦したのでした。

ランナー2、3塁、こん身の力をこめて投じた高崎選手のスライダーは無情にもレフト前にはじき返され二人目のランナーもホームを駆け抜け、熱戦が終わりました。マウンド上で泣き崩れる高崎健太郎、それを慰める選手たち、初回から降り続いていた雨はさらに激しくなってうなだれる選手たちに降り注ぎ、わたしもベンチで呆然とそれらを見つめていました。

大学や社会人で活躍し、その後プロ入りした野球選手はたくさん知っています。しかしそこは厳しいプロの世界、即戦力として期待通りやっていける選手がいる一方、なかなか芽が出ない選手もたくさんいます。そして、そんな選手ほどとても気になるのです。

高崎健太郎の事も、昨年までは、一軍なのかファームにいるのか、活躍してるのかそうでないのか、スポーツ新聞のイースタンリーグの戦績表も見ながらいつも気になっていました。でも今年はスポーツ新聞の片隅を見なくてもよくなりました。

きっと今年は最後まで安定したピッチングを見せてくれることでしょう。応援してるよ。

原発建屋内で熱中症!過酷な環境の中、体を張って作業してくださっている方たちに感謝!

「福島原発二号機建屋内で作業員が熱中症」とのニュース。

昨日夕方、日本テレビから「コメントがほしい」と取材依頼がありました。打ち合わせをして、実際に建屋内とほぼ同じ環境のスチームサウナに入ってコメントすることになりました。

都内某所の風呂屋を借りて撮影、「気温40度、湿度90%」の過酷な環境を実感しながらしゃべってきました。

まるでスチームサウナのような過酷な状況

気温が高いだけでなく湿度も高い、無風状態で密閉されている、サウナスーツのごとき密封された防護服の着用、作業中は水分補給もできない。

これだけで短時間で熱中症が発症する危険がはらんでいますが、さらに作業員の方たちの劣悪な生活環境。

体育館のような広い所に雑魚寝し、シャワーも頻繁に浴びられず、栄養満点の食事もとれない。長期にわたる作業で体も心も疲労がピークに達しているのではないか、と想像できます。

熱中症の発症には蒸し暑い環境だけではなく、個人の体調も大きく関係します。

すなわち、睡眠不足や低栄養状態、風邪をひいているなど、体調不良な時には熱中症も起きやすいのです。

昨日実際に蒸しぶろ状態を実感し、さらに放射線の恐怖にもさらされている作業員の方々を思い、体を張って我々を救ってくれている作業員の方たちに対する感謝の気持ちでいっぱいになりました。

自衛隊、警察、消防、自治体、東電の社員だってそうでしょう。みんな、今回の危機に立ち向かい必死に頑張ってくれています。

一日でも早く、原発事故の問題が収束することを願いながら、国民それぞれが自分にできることは何かを考えて行動しなければいけない、と改めて感じたのでした。

最先端の治療=よい治療、ではない

今日は日本消化器病学会に参加してきました。

震災のため、この春多くの学術集会が延期されましたから久しぶりの学会参加です。

医学の学術集会は最新の知見を発表したり議論するのと同時に、卒後教育のためのプログラムも用意されています。

医学の進歩は早いですから、常に新しい知見や新しいスタンダードを仕入れていなければいけません。

私も卒後教育プログラムPostgraduate courseで勉強してきました。

しかし、今日の学会で一番印象深かったのは、ランチョンセミナーでの和歌山県立医科大学准教授の加藤順先生のお話でした。

「その症例、本当に生物製剤でいいですか?」と題した講演、生物製剤とはクローン病などの治療に使う抗TNFα抗体などの新薬のことです。

つまり、クローン病に対する治療の進歩、新薬開発の素晴らしさは認めつつも、栄養療法や副腎皮質ステロイドなど昔からの治療法も大事だよというお話でした。

世の中は「最先端の治療」が「よい治療」と勘違いしがちですが決してそうではありません。

最先端の治療がよい治療かどうかがわかるには時間もかかるのです。

実はこの加藤順先生、野球部だった学生時代からよく知っている東大の医局の後輩。

とてもわかりやすくて、ジュンちゃんらしさが醸し出ていて素晴らしい講演でした。白い巨塔の世界でちょっと挑戦的なこと堂々としゃべるには、それを裏打ちするしっかりとした知識と経験だけでなく、自信や勇気も必要です。

加藤先生の研修医時代のふてぶてしい姿を思い出しながら、「やっぱり大物になったな」とうれしく感じて学会の会場を後にしたのでした。

「肉離れ」について教えて下さい!

こんにちは、セクレタリーKです。みなさまGWはいかがお過ごしでしたか?私は実家のある札幌でのんびりとリフレッシュしてまいりました。

まだ春浅い札幌です。

東京に戻り、そろそろエンジンをかけないとと思い、久々にビデオを見ながらエクササイズをすべく、身体を動かしてみたところ……「バキッ」という音と共に、右ふくらはぎに猛烈な痛みが!

徐々に痛みが増してくるのでどうしたものかとオロオロ。これはもしや「肉離れ??」。そこで、スポーツドクターの小松先生を頼って「肉離れ」について質問をぶつけてみました。

●肉離れの原因

Q:日頃の運動不足でしょうか?加齢も関係ありますか?

A:運動不足というか準備運動不足も関係しているかもしれません。加齢で筋肉は堅くなるので、急に伸びると肉離れや腱断裂などが起きます。昔と同じイメージで運動して、中高年の方がアキレス腱を切るのも、筋肉が硬くなっている可能性があります。ただし肉離れは、よほど強い負荷をかけなければそうは起きないので、セクレタリーKは相当激しい運動をしてしまったのですね。運動前のストレッチが大事ですよ!

●肉離れになった時の対処方法

Q: 冷やした方がいいのでしょうか? マッサージやストレッチはしない方がいいのでしょうか?

A:急性期にはマッサージやストレッチはしないほうがよいです。スポーツの急性外傷の基本は「RICE」です。

Rest        安静、受傷部を動かさないようにする、固定する場合もある
Ice         冷却、氷で冷やす、急性期の出血や腫脹を抑える
Compression  圧迫、弾性包帯などを使うこともある、出血や腫脹を抑える
Elevation     挙上、受傷部を心臓より高くして出血や腫脹を抑える

受傷後いかに早くこれらをやるかが大事!受傷直後から2-3日までは基本的にこれです。そのあと、急性期が落ち着いたらマッサージなどをやる事もありますが、治療のためのストレッチは通常やらないです。その後の予防のためのストレッチは有効です。

●改善方法

Q:病院に行き 全治2週間という診断、アイシングとテーピングをしていただきました。 これから生活上気をつける点はありますか?

A:痛くなるような動作はしないこと。そこを再び伸ばすような動作はよくないです。急性期は酒は控えめに、3日間はお風呂で温めないこと、シャワーがよいと思います。

●今後気をつけること

Q: 肉離れは癖になると聞きましたが本当ですか? 予防対策などあれば教えて下さい。

A:程度によっては、さらに筋肉が硬くなるため再び肉離れや腱断裂が起きることもあります。急性期が過ぎたら、徐々にストレッチやマッサージ、それから動く前の入念なストレッチでしょうか。まあ、年齢相応に無理はしないことですな。

なるほど……。正しい知識をいただいて、ちょっと落ち着きました。小松先生のアドバイス通り、しばらくお酒は控えて無理はしないようにします。運動の前の準備運動をしっかりやることが必要でした。いつまでも若いつもりではダメですね。みなさんも小松先生に質問があれば、トップページ右下のお問い合わせより、ご連絡下さい。

苦しくない胃カメラ

毎週火曜日の午前中は新宿の病院で内視鏡検査(胃カメラ)です。

腰の手術後1カ月ほどはお休みしていましたが、4月からまた再開、腰に不安もなく検査を行えています。

この病院で胃カメラ検査をはじめて5年になりますが、ありがたいことに年1回の検診や人間ドックの胃カメラを「小松指名」で受けてくださる方が何人もいます。

今日も最後14人目の患者さんは、小松にやってほしい、と火曜日に予約を入れてくれたご婦人でした。

胃カメラがつらくなくできるかどうかにはいろいろな要素があります。

安定剤などの薬を使ってボーっとさせるのも一つの方法ですが、一番大事なのは、いろいろな方法で少しでも患者さんの不安を取り除いてあげること。特に、初めて胃カメラを飲む場合にはなおさらです。

患者さんが内視鏡室に入ってくる瞬間から検査は始まっています。内視鏡を口に入れるまでの5分ほどの間で、いかに信頼関係を築き上げられるかにかかっているのです。

ちょっとした声かけや動作で患者さんの緊張がほぐれたらしめたもの。だから、その逆もあるってことです。

このご婦人のように、「以前小松が苦しくなくやってくれた」と思っていただくだけで、検査はスムースに進みます。

私が内視鏡の修行中だった22年前、指導をを受けた関東中央病院の野村益世先生の言葉を今でも思い出します。

「小松君、特に若い人の胃カメラは苦しくないように細心の注意を払ってやらなきゃだめだよ。若いころに、”胃カメラは苦しい”って印象ができちゃうと、トラウマになって、その人が癌年齢になった時に、積極的に胃カメラを受けてくれなくなっちゃうんだよ」

だから、つらくない胃カメラは、病気の早期発見に直接つながることなのです。

この夏の熱中症対策

今日は朝から選手の有酸素運動能力の測定、そのあと雑誌の取材を受けました。

ビジネスマンの読者が多いこの雑誌、この夏、計画停電も予想され、冷房も制限される状況でいかにして熱中症を予防して暑さを乗り切れるか、というテーマ。

熱中症に関する取材は毎年あるのですが、いままでこの時期に受けることはほとんどありませんでした。

しかし、今年は原発事故もあって暑い時期の電力不足や計画停電が予想されるため、もうすでに何件か取材を受けました。

これは、少しでも多くの人に熱中症に関する知識を持ってもらって、熱中症による死亡事故を減らしたいと活動してきた私にとってはとてもありがたいこと。

熱中症は死亡することもある病態、しかし、しっかりとした知識を持っていれば、予防できる病気です。

熱中症の発生が一番多いのは、梅雨明けの急に暑くなった7月です。人間は「暑さに慣れる」ので、8月になればだんだん熱中症の発生は減ってきます。ですから、今の時期からの熱中症に関する啓発活動はとても意味があることなのです。

今年の夏は様々な暑さ対策グッズや暑さを和らげるシャツや下着なども出て来ています。

今から十分な準備をして、そして熱中症予防のための知識をしっかり持って、この夏を乗り切りたいものです。

熱中症に関する情報は、環境省のだしている「熱中症環境保健マニュアル」が一番詳しく、データも最新で、わかりやすいです。

一度是非ご覧ください。

 

ツイッター、おそるべし

今年の大型連休、震災後の自粛ムードもだんだん解消してきて、徐々に観光地などもお客さんが戻り始めている様子。

いいことだと思う。みんなで元気に東北を応援しなきゃあね。

私は暦通りの休み、2日も6日も診察がありますが、それでも3連休。

しかも、家族は田舎へ、コルセットがまだとれず腰の状態がイマイチの私は一人で東京。

こんなことはめったにないことですから、いろいろ作戦を考えてみたけれど、結局近くの温泉などは満員、作戦が決まらぬまま連休第一目に突入しました。

午前中は新聞読んだりテレビを見て、昼過ぎ、「やっぱり浅草しかないな」、と銀座線に乗り浅草へ。

雨の浅草をぶらぶらして、結局いつもの名画座に足は向かっていました。

今日見たのは、「次郎長三国志」。鶴田浩二演ずる清水の次郎長親分のお話。

男も女も惹きつけ、どんどん子分が増えていく次郎長親分。

「親分とはこうあるべし」と再確認しながら、「それに比べて今の総理大臣は・・・」とやはり感じてしまいました。

見終えて外に出て、またぶらぶらしていたら携帯電話が鳴りました。

「小松先生、映画どうでした?まだ浅草にいますか?」

某スポーツ選手からですが、どうして俺が浅草にいること知ってるんだ???

そうでした、今年になって始めた「ツイッター」で、「雨の浅草なう、これから名画座」と3時間ほど前に書き込んでいたのでした。

浅草で選手と一緒にいた友人がツイッターで僕のつぶやきを見て、「小松はきっとまだ浅草にいるよ」ということで電話が来たというわけです。その後合流し、みんなで楽しく食事とあいなりました。

ツイッター、おそるべし。

「浅草なう」なんて意味のないつぶやきだと思っていたけれど、そうでもないことを勉強させていただいた一日でした。