長野では朝晩が涼しくなってきました。稲刈りも終わり、また大きく赤く色づいたりんごも収穫され、日本中の食卓へ出荷されています。関東のスーパーでも、長野のきのこや野菜、果物が多く並んでいます。
今月初旬、TPPの話題が大きく取り上げられました。自民党の部会でも「地元の農家から不安の声が寄せられている」という話をよく耳にします。今回は、TPPについて現時点での私なりの考えをまとめてみました。
1.TPPとは何か
TPPとは「Trans Pacific Partnership」の略です。お互いの国の関税をなくしたり、投資ルールを透明化したりする、自由貿易協定のひとつです。しかし、これまでの自由貿易協定とTPPには大きな違いがあります。
TPPでは、交渉に参加した12か国の貿易品目のうち、約95%の関税が撤廃されます。これは日本がこれまでに結んだどの経済連携協定よりも高い水準です。また農産品の話題がクローズアップされがちですが、その他にも強制労働や児童労働の禁止、環境破壊の防止などが盛り込まれたことも、他の貿易協定にはない特徴です。
参加12か国の経済規模は世界の約4割、貿易額では世界の3分の1です。輸入関税が下がれば海外の製品が安く買えます。また、特に自動車などの工業製品の関税はほとんど撤廃されるので、日本企業の輸出競争力も高まります。
TPPは大企業だけではなく、地方の中小企業にも利点があります。例えば柔らかい肌触りで海外でも人気がある、愛媛の「今治タオル」。米国は発効後5年目に、カナダは発効後すぐに関税を撤廃します。四国タオル工業組合は「TPPは輸出の追い風になる」と歓迎しています。こうしたことから、日本経済研究センターの最新の試算では、TPPによって10年後の日本のGDPは2%上昇するとされています。
2.大筋合意に至るまでの経緯
日本がTPPに参加の方針を初めて表明したのは2010年。表明したのは民主党の菅直人総理でした。当時、野党だった自民党は「国益を守る上で、農業分野をはじめきちんと例外項目を取るという方針を定めない限り、交渉に参加すべきではない」という考えから、TPPへの参加には反対の立場を取りました。というのも、民主党政権による政府が準備不足で、交渉における各分野の「何を取り、何を守るのか」の検討がまったくなされていなかったからです。
このとき、自民党はTPP交渉参加の判断基準として以下の項目を定めました。
① 民主党政府が「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、交渉参加に反対。
② 自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受け入れない。
③ 国民皆保険制度を守る。
④ 食の安全安心の基準を守る。
⑤ 国の主権を損なうようなISD条項※には合意しない。
⑥ 政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。
※ISD条項・・・外国政府の差別的な政策により何らかの不利益が生じた場合、投資家である当該企業が相手国政府に対し、差別によって受けた損害について賠償を求める権利を与えるための条項。これが濫用されて、政府・地方自治体が定める社会保障・食品安全・環境保護などの法令に対し、訴訟が起こされる懸念があります。
その後、私が初当選した2012年12月の総選挙で自民党が政権を取り戻すと、2013年2月に、安倍総理がアメリカのオバマ大統領との首脳会談で「聖域なき関税撤廃がTPP交渉の前提ではない」と確認しました。それを踏まえ、翌3月に参加を表明し、7月から交渉参加に至りました。
交渉に参加する上で、自民党は「米・麦・牛豚肉・乳製品・砂糖」を農産品の重要5項目と定め、関税維持を求めました。また2013年4月にはTPPが国民生活に悪影響を及ぼすことがないよう、重要品目については関税撤廃も含め認めないことや、食の安全・安心を守ることなどを国会で決議しました。
その後、東京での日米首脳会談やワシントンでの協議などを経て、今年の9月30日からアメリカのアトランタで閣僚会合が始まり、10月5日に全31分野で大筋合意に至りました。
3.重要5品目とりんごやぶどうについて
今回のTPP交渉で、日本政府は輸入関税をかけている834品目のうち、約半数で関税をなくしました。ただし、「米・麦・牛豚肉・乳製品・砂糖」の重要5品目については、最低輸入枠を設定したり、段階的に税率を引き下げたりするなどして、関税を撤廃していません。
例えば、最大の焦点となったお米については、輸入枠の7万8,400トンと同量の国産米を政府が農家から買い上げて備蓄します。これにより、米価が大きく下がることのないようにします。また牛肉や豚肉なども基本的には関税が維持されており、輸入が急増した場合に関税を元に戻す「セーフガード」も設定されています。
りんごについては、現行の関税を初年度から段階的に引き下げ、11年目に撤廃するとしています。しかし、輸入量は国内供給量の0.3%とごくわずかです。長野をはじめ国産のりんごは国際的にも高品質で、高い競争力を持っていると思います。
ぶどうは、TPPが発効すると関税は即時撤廃されます。しかし、現状でも国産ぶどうは輸入ぶどうの3倍以上の価格差があるにもかかわらず、国内需給量の9割を占めています。国産ぶどうの味や見た目がとても優れている証拠です。
今回の大筋合意で、自民党の決議、そして国会決議は概ね維持されていると思います。甘利大臣をはじめ日本の国益を守るために粘り強く交渉してくれたと感じます。ただ、はじめからこれほど広範囲で関税を撤廃することになるとは思っていませんでした。交渉内容の詳細は我々国会議員でも全く知ることはできませんでした。その影響がどれほどのものになるのかは未知の部分が大きいことも確かです。品目ごとに、影響を詳細かつ丁寧に検討し、説明して、そして特に農業分野については適切な対策、農業振興策を早急に立てていく必要があると考えています。
4.医療保険や国民皆保険制度への影響について
「米国の保険会社が日本にどんどん入ってくるのではないか」といった声や、また「混合診療が解禁されるのではないか」という懸念があります。しかし合意内容には「公的年金計画または社会保障に係る法律上の制度の一部を形成する活動・サービス(公的医療保険を含む)、締約国の勘定、保証または財源を利用して行われる活動・サービスには適用されない」ことが明記されています。このように日本の国民皆保険制度のあり方に大きな変更を求められる規定はなく、きちんと手当てされています。日本の社会保障制度の根幹である「国民皆保険制度」を守ることについては、まず心配ないと考えています。
5.今後の流れと対応について
今回、大筋合意に至ったTPPですが、これで即、自動的に「発効」というわけではありません。日本を含め、参加国はこれからそれぞれの国内で自国の法令と整合性をチェックします。その上で、議会などの承認を得なければなりません。こうした手続きに最低でも半年以上はかかり、発効は2016年以降になる見通しです。
私は週末や国会の閉会中に地元を回る中で、若い農家の方と話す機会も多々あります。両親の農業を継いだ青年や、最近では「農業女子」と呼ばれる、UターンやIターン、また結婚に伴う移住により長野で農業を始めた女性の活躍も注目を集めています。
また地域のJAには、地元出身で、農業技術や経営を学んだ有望な若者が数多くいます。彼らは長野の農業の将来を真剣に考え、農業に対する斬新なアイデアをたくさん持っています。今後、こうした若い世代と、これまで農業を支えてきたベテランの農家の方々とが連携すれば、地域再生の拠点となる可能性も十分にあると私は思います。企業の農業への参入も刺激にはなります。しかし、やはり地域を知り尽くしたJAが多くの農家のみなさんと協力しながら、6次産業化を進め、企業と健全に競い合いながら前進することが、長野、そして日本の農業の発展には重要だと思います。
10月9日、政府は全閣僚によるTPP総合対策本部を立ち上げました。TPP対策の基本方針として「海外進出の支援」「技術革新の促進」「農業分野の不安の払拭」の3点を掲げています。関税が下がり、海外産の安い農産品や果物、牛豚肉が国内に入ってくることに不安を持たれている方も多いと思いますが、安倍総理も、政府全体で責任を持って、できる限りの総合的な対策を実施すると明言しています。
農業従事者の高齢化と後継者不足に対する支援による、持続可能な農業の実現。また中山間地域における農地利用の促進と小規模農家支援による農業構造の強靭化も、重要な課題です。私も北信の農家のみなさんが、将来にわたって希望を持って農業ができるように、美しいふるさとの原風景を守ることができるように、強い日本の農業を作るために、しっかり取り組んでいきたいと思います。